永観堂 禅林寺 其の5

P8152396.jpg

奥に見えるのが阿弥陀堂と呼ばれる、本尊である阿弥陀像(重要文化財)が安置される永観堂の本堂。1607年に豊臣秀頼により、大坂の四天王寺の曼荼羅堂が移築されたもので京都府指定文化財。

_IGP3659.jpg

朱塗りの柱にチベットのお寺のような極彩色の装飾、さすが空海さんのお弟子さんの創ったお寺、いかにも真言密教って感じがしますよね。密教というと何やら怪しげなイメージを持つ方もいますが、厳しい修行を積んだ僧侶だけが師匠から教えられる秘密の教えのことを言います。まさに門外不出、決して多言されることはありません。日本では最澄と空海が唐より持ち帰った教えとして有名ですよね。創建当初の禅林寺(永観堂)は、そんな教えを請う為の修練の場だったようです。

amidado02.jpg

真言宗のお寺として創建された禅林寺ですが、7世住持永観さんの頃から徐々に浄土教へとシフトしていきます。浄土教とはその名のとおり、阿弥陀様のおられる浄土に往生することを目的とした教えで「南無阿弥陀仏」」と一心に念ずることで誰もが浄土にいけるとされるなんともありがたい教えです。この分け隔てなくどんな人間でもという点が、永観さんが阿弥陀信仰に傾倒していった一番の理由なのかも知れませんね。

amida001.jpg

そんな訳で永観堂のご本尊はもちろん阿弥陀如来像。ただしこの阿弥陀様、少々赴きが異なります。正面から見るとなんとそっぽを向いておられ、そのお姿から「みかえり阿弥陀」の通称で親しまれています。平安時代末期の作で国の重要文化財。

amida002.jpg

「木造阿弥陀如来立像」像高77.6センチとミニマムですが、オーラというか後光というかサイズ以上の存在感があります。拝観は阿弥陀様のお顔を見れるようにと、横からも参拝できるよう配慮されています。なんとも特異な形状の阿弥陀様ですが、この仏像には永観さんにまつわるこんなお話が伝承されています。

ososhi.jpg

永観が50歳のころお堂の中を念仏して行道していると、とつぜん阿弥陀像が須弥壇を下りて永観を先導し行道をはじめられたそうです。驚いた永観が立ち止まると阿弥陀様は振り返り「永観、おそし」とお声をかけられたとか…その時のお姿を表したのがこの阿弥陀像だと言われています。
これは阿弥陀様が遅れた永観を叱ったということではなく、自分より遅れている者を待つという慈悲の心や、他者を思いやり深く周囲を見つめる姿勢を具現化されているんですね。この姿を永観さんは「全ての者を浄土に導こうとする仏の真の姿」だと考え深く感銘を受けたと言われています。
ami2334360.jpg

阿弥陀如来は浄土系の宗派では本尊としますが、他宗派でも広く尊崇され日本でもっとも多く礼拝されている仏様で、釈迦に教えを説いた…つまり師匠にあたる凄い仏様です。
そんな仏様が住んでいるとされる浄土(極楽)にみんなで行こう!!っていうのが浄土信仰。そして願いを叶えてもうために一心に仏様に念じましょう…と言うのが念仏で、お願いするときの魔法の呪文が「南無阿弥陀仏」なんですね。南無には帰依するという意味があり、身体も心も投げ出して阿弥陀仏を信じたて奉りますということですね。
念仏のさい南無阿弥陀仏をただ言えばOKってことではなく、極楽浄土への往生を心から念じ祈ることがキモ、魂のない言葉には力はありませんしね。そしてそれさえすれば誰もがいつか極楽に行ける…と言うのが浄土教の基本的な考え方です。かなり乱暴な説明でしたが^^;

83104mm-2.jpg

そんな極楽浄土ですが実は行き方が9パターンありまして…上はジェットで行く阿弥陀様の添乗員付き豪華ツアーから、下は個人で行く貧乏鈍行ツアーまであります。
それなら少しでも豪華で楽に行ける方を…と思うのが人の性。 しかし現実世界でもそうですが、飛行機のファーストクラスに乗ろうと思えばそれなりの対価が必要になるのと同じで、残念ながらすべての人が豪華ツアーというわけにはいきません。「浄土に行くのにお金がいるのか‼」って話ですが、この場合の対価とは資格と考えてもらえば理解しやすいかも…。

201107020229490ca.jpg
《平等院鳳凰堂の九品来迎図》


仏教、特に浄土教では、その人の生前の行いや信仰などにより上品・中品・下品の大きく3つのランクに分類し、さらにそれぞれを上生・中生・下生の合計9種に分けられます。これを九品(くほん)と言います。
結局死ぬときまで格差社会かよ…なんていう方もいるかと思いますが、どんな極悪な人(下品下生)でも地獄に落とされずに、極楽浄土に行けるというのだからありがたい話だと思いますよ。いくら阿弥陀様といえどもまっとうに生きた人と、そうでない人とで同じ待遇という訳にはいかないんですね。よくあの人は品があるとかないとかと言いますが、その場合の品もこの九品の考えが語源になっています。さしずめ当たり障りなく生きてきたボクなどは中品の中生か下生といったところでしょうか…これからは精進し、せめて死後くらいはサクッと浄土に往生したいものですが…。

上品中品下品
上生中生下生上生中生下生上生中生下生

もう改めて説明するまでもありませんが、品が上がるほど浄土へは楽に行けるという教えです。例えば上品上生の人なら阿弥陀様が菩薩様など引き連れお迎えに来て下さり(九品来迎図のイメージ)即日または遅くとも7日以内に浄土に行けるといわれています。
一方、下品下生ならお迎えなどなく自分自身で道に迷い彷徨いながら、最長49日かけて浄土へ向かわなければなりません。生前好き勝手に生きたのだから、死後は苦労しなさいってことなんでしょうね^^;
49houyo.jpg

この7、49って数字に聞き覚えがありませんか?人が亡くなったさい初七日、四十九日法要などを行いますよね。人は死後7日毎に六つある世界(六道)のどこに転生するか審査があるといわれ、それが合計7回おこなわれると言われています。7×7で49日間の計算ですね。この期間死者が生と死・陰と陽の狭間に居ることから、仏教では中陰(ちゅういん)といいます。7の倍数毎に法要があるのは死者が少しでも良い世界に転生できるよう、お祈りする為のものなんです。浄土系の宗派の場合は浄土に転生されますので、少しでも早く浄土に行けるようお祈りするんですね。ちなみにこの六道転生のルールから外れた者を外道といいます。

innsou.jpg

9パターンの行き方がある浄土ですが、それぞれ担当する阿弥陀様がおられます。どの阿弥陀様が担当かは手の形や組み方で判断でき、これを印相、略して「印」と呼びます。古来インドでは手の形で意志を現す習慣があったようで、それが発展したのが印なんだとか…。この印はすべての仏像に見られ、仏さまの功徳や働きを象徴していますがすが、阿弥陀様の印相は九品の往生における姿を表しこれを九品来迎印 (くぼんらいごういん)と言います。チェックするポイントは親指とどの指で〇をつくっておられるかという事と両手のポジション。

index8-2.jpg

腕のポジションは座ってるお姿で組んだ足の上で両掌を組み合わせた「定印」と、胸の前で両手のひらを前方に向ける「説法印」、さらに右手を上で、左手を下におろし、手のひらを前方に向けた「来迎印」の三種類。それに親指と人指し指、親指と中指、親指と薬指の三種の組み合わせをかけた9タイプ。
意味が複数あるものもありますが、これはこの考え方を定説としたのが鎌倉時代で、仏教が日本に伝来したのが飛鳥時代だからなんです。印相自体はインド伝来ですが、そこに浄土教の九品を当てはめる発想は日本のオリジナルで、このルールの無かった鎌倉以前と以後の仏像では解釈に相違があり複数の意味が混在しているんですね。

amida_kuhonn.jpg

このように阿弥陀様も上品上生から下品下生までの9種に分かれますが、これはあくまで浄土へ往生するさいの担当であって、阿弥陀様の優劣をつけるようなものではありません。ちなみに永観堂のみかえり阿弥陀は上品下生で、鎌倉の大仏が上品上生ですね。残念ながらどちらの阿弥陀様もボクの担当ではなさそうですが…^^;
関連記事