慧日山 東福寺 其の2

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三門の正面には本堂(仏殿)があります。創建当初の仏殿には15mの釈迦仏像が安置され、両脇の観音・弥勒両菩薩像は7.5mもあったそうで、新大仏寺として喧伝されていたようです。1319年(元応元年)の火災によって当初の釈迦仏像は焼失、その後再興され足利義持・豊臣秀吉・徳川家康らによる保護修理も行われました。

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明治14年に火災により仏殿と法堂が焼失、1934年(昭和9年)に仏殿兼法堂として再建されたのが現在の法堂。重層入母屋造の建物で高さ25.5m間口41.4mという大堂で、昭和最大の木造建築です。元応の火災で焼失した釈迦仏像の左手部分(長さ2m)が現在も保管されているそうです。

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本堂の天井には、堂本印象の筆による蒼龍図があります。本堂内には入れませんが、覗き込むとこの龍図を見ることができます…もちろん無料でw 堂本印象は東西約22m、南北約11mのこの立派な龍図を、わずか17日で書き上げたんだとか…。

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_IGP3067.jpg「東司」と書かれたこの建物が何だかわかりますか? 東司と書いて「とうす・とんす」と読みますが、実はこれトイレなんですね。30m×10m・高さ10m程の木造建築で、600年前の室町時代に建築された日本最古の東司として、国の重要文化財にも指定されています。全国でトイレが重要文化財に指定されているのは、多分ここだけじゃないかと思います。東福寺の東司は百雪隠(ひゃくせっちん)なんて呼ばれているそうですが、中々粋なネーミングですよね。
地元ではそうは呼ばずに「百人便所」と呼ばれているのはここだけの話ですけどねw


 禅寺の便所(東司)は禅院の東におくのを原則とするから東司といわれ、七堂伽藍の一つです。東司は重要な修行道場であり、声を発してはいけない三黙道場の一つで、使用にあたってはことこまかな作法があります。不浄を常に清淨化することは心の浄化につながることから、東司の掃除は修行僧の長がすすんでおこなったそうです。昔からトイレには~♪それはそれは綺麗な女神さまが…いたんでしょうね。

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toufuk057-2.jpg中に入ることはできませんが、窓の隙間から中の様子をみることができます。細い窓の隙間から、一眼を突っ込みトイレの写真を撮る…冷静に考えると変質者そのものって感じがしますが…中には丸い穴が幾つもあけられ、それぞれに瓶が埋められそれが便器だったようです。

「仕切りも無くただ穴が開いてるだけ…おいおい縄文時代かよ」と思いましたが、昔は床も仕切りもちゃんとあったようで少し安心しました。溜まった排泄物は有機肥料の原料として近郊の農家に売られていたそうで、これが貴重な現金収入の元となっいたというから、なんともエコでリサイクルな話ですよね。特別拝観のときには中を見学できるそうですが、トイレを拝観ってのも…どうなんでしょうw

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070131_01.jpgこの建物も室町時代建築で、京都最古の浴室。先ほどの東司と同じく重要文化財建造物。浴室といっても湯船は無く、土間の奥の左右に腰掛を設け中央の板敷を洗い場にした蒸し風呂です。こちらも通常は未公開。特別拝観時は東司と浴室のセットで拝観できるようです。(拝観料金600円)

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浴室の裏にある東福寺の鎮守社「五社成就宮」 石清水八幡(いわしみずはちまん)、賀茂、稲荷、春日、日吉の五社を祀るので五社明神社と言われます。有名どころの神様を集めた、オールスターといった感じですね。

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五社成就宮の向かって左手前に十三重石塔(重要文化財)その横には「魔王石」と書かれた小さな祠が…なんか禍々しい空気が漂います。この石塔の正式な名称は「比良山明神塔」と言うらしく、つまり比良山の魔王を祀ったものだそうです。

34daa889bcf4e165a12346349e02fe22.jpg魔王といっても冥界の王の事では無く、天狗のことだそうです。伝承によると東福寺を建立する際に、この地の惣領主だという比良山の天狗がこの石に現れたそうです。そのとき寺院を建立させてもらう見返りに建てられたのが、この十三重石塔なんだとか。
東福寺を建立した九条道家が病に伏せっていた時に、家来の女房に「藤原の祖先」を名乗る比良山の魔王が憑いて、道家の病の元凶を教え、病を癒したと伝承されています。
そんな由来のせいか、厄除けを祈願する参拝者の方も多いそうです。

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禅堂、説明するまでもありませんが、お坊さんが修行する場所です。かなり大きな建物で、全盛期は400名を越す僧侶の方が修行をされていたそうです。

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そしてこちらが経堂と殿鐘楼。経堂は経典などを納めておく建物で、経蔵とも言われます。殿鐘楼は室町時代後期の建物で重要文化財。鐘はもともと西寺の遺物だった鐘を、九条道家がこの寺に寄進したものだそうです。
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