何故女学生はセーラー服なの?

P1011000.png新宿には「セーラー服おじさん」っていう方もいるようですが、セーラー服と言えば女生徒のシンボルです。
現在はブレザー派が増えていますが、それでも高校で2割以上、中学においては今でも半数近くの学校がこのデザインを採用しています。
なに突然制服について語り始めてんだこのオヤジ「制服フェチかよ」と驚かれている方もいるかも知れませんが、ボク自身その辺にゴロゴロいる普通のオヤジですので安心して続きをお読み下さい。


セーラー服はその名前通り元々は海軍(水兵)の軍服で、特徴的な大きな襟を立てて海上での集音力を高める為にあのようなデザインになっています。
じゃあ何で日本の女生徒が、その軍服を着るようになったのか不思議に思いませんか?
セーラー服を最初に採用したのはイギリス海軍、日本の海軍はそれを真似て明治初期に制服として正式に採用します。これが日本におけるセーラー服の始まりで、現在でも自衛隊の水夫はセーラー服を着ています。かってイギリスの海軍と言えば世界最強とされ、日本はそのイギリスに追いつけ追い越せと色々模倣していたんですね。
ミリタリー好きの多いヨーロッパでは18世紀頃からそのデザインが可愛いということで、子供服としてのセーラー服が徐々に定着しつつありました。

080718_AlbertEdward.jpgそんな中セーラー服のデザインを気に入ったヴィクトリア女王が、エドワード皇太子をはじめとした王子達に着せたことがきっかけとなり、セーラ服は子供服として一気に人気が爆発します。
それまでは男の子用の服として流通していましたが、この頃から女の子の間にも着用が広まっていったようです。ケリーバックをはじめ今も昔も王室から流行する物って少なくありません、一般大衆がセレブリティに憧れるのは世の常ですしね。
イギリスを中心に広まっていったセーラー服人気、それは当然日本にも飛び火します。

日本のセーラー服の歴史は京都から始まった…

1920年(大正9年)にミッション系の京都平安女学院が、制服として日本で最初にセーラー服を採用します。平女(京都ではこう言う)といえばボクが高校生の頃は可愛い子が多い女子高として有名でした。
その頃の京都は私立では共学が少なく男子校と女子高がほとんどでしたので、学園祭前ともなると女子高の校門付近には学祭のチケットを持った男子校の生徒がワラワラいました。ボクの高校では特に、平女と京女(京都女子高等学校)の人気が高かったですね。

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平安女学院(左)と福岡女学院(右)のセーラー服

そんな「boy meets girl」な話はさておき、京都から始まったセーラー服はその後、福岡女学院、フェリス女学院(東京)、金城学院(愛知)などで相次いで採用されていきます。当時多くの学校が男子の学生服として、立襟で陸軍式の5つボタンのチュニックを採用していたため、それなら女子はセーラー服でということで受け入れ易かったようです。
折りしも日本は戦争に向けての富国強兵の最中、軍事的な意味合いを持つセーラー服は軍事国家を目指す当時の日本にはピッタリマッチするものでした。そんな政治的な意図もあって、セーラー服は一気に広まり多くの学校で採用される事になります。それ以降は女子生徒はセーラー服というのが定番になっていきました。
しかし現在ではセーラー服はダサいとか古臭いというイメージになり、徐々に採用する学校は減少しています。

5e71668a.jpg今世界的に日本のアニメを中心としたポップカルチャーが人気を博していますが、その中でセーラー服が可愛い服として、日本から世界へ逆輸出されるようになってきました。
最近アジアの学校でセーラー服を採用するところが増えてきたのも、そんな日本のイメージからだと思います。なんでも制服をセーラー服にすると志願者が大幅に増えるらしいです。イギリスから始まり日本の女生徒の制服に採用され、今新たな付加価値をもって世界に受け入れられる…日本のコンテンツ産業の未来は明るいのかも知れませんね。