栂尾山 高山寺 其の3

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絶景の庭を見た後は、石水院の室内をゆっくりと見て回ります。と言ってもそんな広くないんですけどね^^;

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高山寺を創立した明恵は、34歳の時に後鳥羽上皇から栂尾の地と、寺名のもとにもなった「日出先照高山之寺」の額を賜ったそうです。「日出先照高山」とは朝日が昇って、真っ先に照らされるのは高い山の頂上だって意味なんですが、そのような光輝く寺院になりなさいと言う意味が込められているんだとか。

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あくまで複製品ですがさりげなく掛けられている掛け軸が、なにげに国宝だったりします。約一万点の国宝・文化財、重要文化財を所蔵する高山寺ですが、オリジナルは保管の観点から建造物を除く指定文化財の大部分は東京および京都の国立博物館に寄託されています。

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img_459153_7687908_0.jpg「紙本著色明恵上人像」「樹上座禅像」と称される鎌倉時代の作品(国宝)と、木彫狗児(もくちょうくじ)と呼ばれる、木彫りの犬。作は運慶作とも湛慶作とも言われています。開祖、明恵上人が手元に置きいつもかわいがっておられたとか…鎌倉時代のぬいぐるみと言ったところでしょうか。この犬は人気が高いのか、右の写真のようなレプリカも売られていました。

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こちらが「鳥獣人物戯画」 甲・乙・丙・丁の全4巻。書かれた当時の世相を、動物や人物でユーモラスに描いたまさに漫画の元祖とも言える絵巻物。ウサギ・カエル・サルなどを擬人化して描かれた甲巻が特に有名。これだけ有名な作品ですが、作者は不明らしいです。

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こちらのお部屋で、抹茶とお菓子を頂けます。(500円) 庭を眺めながら、抹茶でほっこり…。ちなみにお菓子は下鴨、宝泉の「栂の月」でした。

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石水院の庭。派手さはありませんが、妙に落ち着く庭です。心理学で緑はリラックスカラーといわれ、心身ともに安定と穏やかさをもたらすといわれていますが、言い得て妙ですよね。

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石水院を離れ境内を散策します。大きな木と苔むした石の鬱蒼とした森…「もののけ姫」を連想してしまいました。

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公開されていませんでしたが、この奥が遺香庵(いこうあん)と呼ばれる茶室。明恵上人七百年御遠忌記念として、昭和六年に全国の茶人有志の寄進によって建てられたそうです。ここの庭は名勝にも指定されているんですよ、見たかったな…。(通常非公開)
そういえば何故茶人有志なの?って思いませんか?実はこの高山寺はお茶との関係がとても深かったりします。

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「日本最古の茶畑」の石碑、お茶の歴史はここから始まったんですね。臨済宗の開祖である栄西が、明恵に中国に渡った際のお土産としてお茶の種を持ち帰ったそうで、その種を植え日本で最初につくられた茶畑がここ。以来、栂尾産のお茶を「本茶」それ以外は「非茶」と呼び区別されました。その後茶畑が宇治などにもつくられ広まったそうです。栄西禅師は禅宗・臨済宗の開祖ですが、喫茶の法を普及したことから日本の「茶祖」ともされます。

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茶畑は基本寺院の敷地内につくられていたようで、茶人=お坊さん、その寺院のスポンサーである貴族階級に伝わり、上司がするなら俺たちもってことで、その家臣の武家へと伝え広まったようです。
室町時代は本茶と非茶を飲み当てる茶会「闘茶」なんかも流行していました。
お茶は一部の特権階級の人が嗜むもので、庶民がお茶を気軽に飲めるようになるのは江戸時代になってからなんだとか…庶民のお茶の歴史は浅いですよね^^;
其の4につづく…。
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