2013年11月の記事

ぶぶ漬けって?

ぶぶ漬けイメージ


はてなによると「ぶぶづけ食べなはれ」とは京都に古くから伝わる独特の作法。
長居している客を帰らせたいときに湾曲に帰りを促す技…とありますが、実際そんな習慣は無いですからw
長いあいだ京都に住んでいて聞いた事も、もちろん言われた事も無いですw 
本音を言わない京都人を揶揄した表現が、もっともらしく広がり伝わったんですね…たぶん。
まぁ当たらずとも遠からずではありますが…。
あと京都のお総菜を「おばんざい」と呼ぶ人がいますが
これも京都人は使いません。普通に「オカズ」って言います(´・ω・`)

賀茂御祖神社(下鴨神社) 其の1



京都でボクがもっとも好きな場所のひとつ賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)通称「下鴨神社」言わずと知れたユネスコ世界文化遺産。
加茂氏の氏神を祀った神社。加茂氏って? 加茂氏は八咫烏に…以下略w 興味のある方はご自分でググってね。

場所は賀茂川と高野川が合流する下鴨泉川町にあります。詳細は上の地図を参照して下さい。ちなみに最寄りの交通機関は、市バスなら「下鴨神社前」京阪本線・叡山電鉄ならともに「出町柳駅」

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賀茂御祖神社(下鴨神社) 其の2

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前回のブログでもご説明しましたが、この河合神社のご祭神「玉依姫」は下鴨神社のご祭神の娘さん。つまりパパの元で庇護された、生粋の箱入り娘ってことですね。ところでこの玉依姫っていうのは人の名前じゃなく、実は神格化された巫女さんの総称だって知ってました? だから京都以外にも玉依姫は結構おられます。

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賀茂御祖神社(下鴨神社) 其の3

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詳しくは知らないのだけど、本来こういった神社を取り囲む森のことを鎮守の森(社)と言うらしい。今では神さまは注連縄の張られた社(やしろ)内におられるのが通説だけど、昔は森で囲われた部分全体が信仰の対象になっていたみたい。その為か糺の森の中にもご神木らしい木がチラホラと…神々しい。今にもアシタカがヤックルに乗って出てきそうですw

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賀茂御祖神社(下鴨神社) 其の4

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尾形光琳がこのあたりをモデルに書いたのが「紅白梅図屏風」(国宝) その為この梅は「光琳の梅」と呼ばれるようになったとか、下がその絵ですが似てます?
春には綺麗な梅が満開に咲き誇ります。今は枯れてますが^^;

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賀茂御祖神社(下鴨神社) 其の6

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賀茂御祖神社、荘厳で気高くさすが正一位(しょういちい)の神社です。そうそう神にも階級があるって知ってました? 神に上下関係をつけるってはどうかとも思いますが…ね。
日本人って言うのは昔からランク付けが好きだったみたいですw 「冠位十二階」ってのを学校で習った記憶があると思いますが、あれと一緒で神にも正一位~正六位までの15段階のランクがあるんですよ。正一位ってのはまさにトップ。最も格上の神さんってことですね。賀茂御祖神社と賀茂別雷神社(上賀茂神社)は正一位。いまや世界的にも有名になった伏見稲荷大社が従三位(800年代時点)ですから、いかに格が高いが判ると思います。まぁ今では年とともに階級も上がるらしく、正一位もゴロゴロあるって話ですけど^^; 

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右京と左京って何故が左右逆なの?

京都には右京区と左京区と呼ばれる区がありますが、地図を見て違和感を感じた事はありませんか?
そう、北を上にして左が右京区、右が左京区となっています。
何故左右逆なの?って話ですが、これは帝(天皇)のいた大内裏(現京都御所)から南を見て右と左になるからなんですね。古代中国では君主が南を向いて政治を執るということが定番だったらしく、これを「天子は南面す」といいます。
都を今の京都の地に遷すさいモデルとした、長安も当然このルールに従って都が造られていました。
平安京もまた、帝のおられる大内裏の場所を決めた後、そこから南に向け都が造られました。だから南を向いた帝から見て、朱雀大路をはさんで右が右京・左が左京となる訳ですね。もっとも大内裏は平安京の頃はもっと西(今の西陣あたり)にあったようで、今の位置になったのは鎌倉時代らしいです。

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